性依存と女性嫌悪の日々

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12時42分

思考の流れ


現象(例えば誰かと会ったり話したり)⇒自分と比較⇒判断⇒殆どの場合、怒りに変わる。


何故なら、今までに私よりも酷い虐待を受けた人と会った事が無い。


世間で当たり前とされてる親の援助が


比較⇒自慢話うぜぇという判断⇒怒り


という思考回路が出来上がっている。昨日今日の問題ではなく、10年20年と蓄積されている。


これが自然だ。


ここを責められた事が多々あるけど、解決策は誰一人として提示出来なかった。


肺癌の人に咳をするな、


と言うようなもので、無理難題を言い、自己責任だとされるから


余計に苛々するばかりだ。


精神科医や看護師にこのような扱いをされた事もある。


理解出来ないのなら、目の前にある確かな現象を批判するなと思った。


所詮、甘やかされて育って来たボンボンでしかないのだ。


人と関わると批判しかされないので、解決策を自分なりに調べてきた。


現象⇒比較⇒判断⇒怒り⇒行動(多くの人にとっては暴言と暴力、この2つが大嫌いな私は酒や過食で誤魔化すなど)


という流れなので、


現象ってなんなのか?


比較しない方法って無いのか?


良いとか悪いという思考(決めつけ)を変化すれば判断の仕方が変わるのでは無いか?


上を変えれば、怒りの感情ではなく楽しみや喜びなどの気分の良い感情になれるのでは?


だから、行動も変わるだろう。


こういった自己観察、自己分析などを15年ぐらい前からやってる。


1から10まできちんと説明してる教科書が全く見つからないから


1冊読んで3行ぐらいメモを取るなど、多読と使えそうなのをメモしていった。


日本人の書いてる心理学の本なんかは、殆どがボンボンの戯言でしかなかった。


参考になったのは


ストア哲学、アルバートエリス、ウエインダイアー、マインドフルネス(当時はあまり本はなかった)、認知行動療法、テーラワーダ仏教などだった。


現時点において、過度な虐待被害者の男性が20歳を過ぎてから幸せになった例が1つも見つかっていない。


ここでの幸せは、適度な収入と結婚と本人が楽しいと感じているかどうか。


見つかったのは、精神病院に通院や入院中、犯罪者、幸せと言える状態になったのは20歳までに救い出された場合と女性のみ。


女性は男性に援助されているが、逆の場合は1つもなかった。性的虐待については、私とは違うので比較する事は出来ない。


ネットで少し調べた程度で見つかるかと、感情的に批判された事があるけど、そいつが私よりも詳しく調べたわけではなかった。そして、私はネットだけで調べたわけでもない。


参考にしたいと20年以上は調べているから。


残念ながら、たった1つの事例すら見つかっていない。


わざわざ言わないだけで、たくさんいると言われた事も多い。


なら、『話してみたいから紹介して下さい。』と言うと急に黙り込む。


言ってるそいつ自身に、そんな知り合いなどいないのに、適当な事を言ってるだけだ。


妄想、思い込みなどを押し付けて来ずに、例を出してくれれば良いだけなのに、誰一人として示す事が出来ていない。


虐待被害から幸せになった人が全く見つからないので、代わりに戦場で人の生死を直接体験して、その時の後遺症での苦しみから回復した人の事を色々と調べた。


いつ殺されるかわからない心境は似ているから。


年々、怒りという不快感は減って来ているけど、まだまだたくさんある。


慢性的な欲求不満が更に煽ってくれてる。


せっかくだから、この不快感が完全になくなった心境が知りたいと思う。


そうすれば、もう人間をやめられるかもしれない。

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